topimage-cut.JPG

2011年09月03日

東中野上映レポート 5

トークゲスト 沖島勲監督

今日のゲストは、映画監督の沖島勲さん。
沖島監督と福間監督は60年代後半に出会い、以来40年以上にわたって交流を持ち続けてきました。沖島さんは、『わたしたちの夏』を4回も観て下さったそうで、「自分の映画だって2回くらいしか観ないし、ゴダールの『勝手にしやがれ』だって2回だったのに、4回も見るなんて……珍しいんだよ」。

沖島監督-5.jpg

沖島さんによれば、「福間の映画には普通の映画とは違う独特の文法があると思うんですよね。何が違うかというと、一つの話や物語に集約していくというよりはいろいろ時間や空間を自由にたぐりよせていくというような感じ。だから観てて飽きないというか、観るたびに発見がある」とのこと。福間監督は、「そんなに難しくつくろうというつもりはないんだけど、普通にやってることをわざわざやる必要はないし、やるのも大変。極端に言えば、映画には物語も芝居も主題もいらない。でも『わたしたちの夏』は歌あり、踊りあり、ハダカあり、ギャングありの映画なんです」と応じます。確かに、『わたしたちの夏』は普通の映画とは明らかに違う文体を持っていながらも、あまりに映画的なさまざまのイメージで溢れてもいます。

沖島さんは、劇中で挿入される小原早織さんの子供のころの写真を「決定的なカットだと思った」といいます。「子供のころの顔、そして大人になったサキちゃん、その間に役柄を超えて実在している時間」を感じると。また、サキが「わたしはまだ何も出来ない」と語るモノローグが、彼女の肉声そのもののようだとも。話は『わたしたちの夏』の登場人物が表出する実在性についての議論に展開していきます。福間監督は、サキという人物を映画で成立させる過程の作業をすべて役者である小原さんに任せたと言います。「サキ」をつくり出すことは、小原さんが一人の存在を掴まえられるかどうかにかかっていたと。

「それにしても子供と女性は男には信じられないような動き方をするよね。男にはあんなにニュアンスのある動き方はできない」と沖島さん。二人の話は男性にとって女性が如何に魅力的な対象であるのかに展開していきました。

沖島さんは、「水ヲ下サイ」という千景の台詞に、『わたしたちの夏』には自然の絶対的な力に委ねたいという思いを感じる、とおっしゃいました。今夜は『わたしたちの夏』から役づくり、演出、世界や社会との関わりといった監督の仕事について二人の革新的な映画作家が語り合う、そんなトークショーでした。

沖島監督-2.jpg

最後に、沖島ファンに朗報です。沖島さんが教えて下さった最新作の内容を少しご紹介します。
以前、福間監督から三角関係を撮れば? と言われていた沖島さんは思案し、なんでも、三角関係というのは究極的には、『坊ちゃん』の「赤シャツ」と「うらなり」に通じると考えたそうです。でも出てくるのは、「5代目赤シャツ」とか、「6代目うらなり」といった人物のようで……曰く「数学的な映画になる」、「今まで撮った映画の中で一番ややこしい」、「説明不能なんだよね」とのこと。ちなみに、仮タイトルは、『虚数』だそうです。
次の映画もまた沖島監督ならでは世界観が、わたしたちを驚嘆の快楽に導いてくれそうですね。楽しみです。

宣伝スタッフ 河野まりえ
写真撮影 松島史秋
posted by tough mama at 13:23| Comment(0) | イベントレポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。